2006年7月31日
ハルクが今日未明、3時50分ころ、静かに息を引き取った。
出張先で「様態改善せず」の報を受け、心配していたがどうにか間に合った形だ。
横になって寝たきりで、荒々しい呼吸を続けるハルクのそばに昨夜は寝袋に包まって寝た。
午前4時、フと目を覚ましハルクの顔を覗き込むと、穏やかな表情をしたハルクの体に、もう呼吸は無かった。合掌。
14年間、楽しい思い出ばかり、感謝の気持ちでいっぱいだ。
7月27日
「ハルクよ、長生きしておくれ!」
いや〜暑い、う〜ん暑い、マジ暑い暑い。
日本の暑さというのは、世界でもイチニを争うくらいの不快な暑さって知ってました?
その原因はこの「湿度」、平気で90%を越えてくる。もっともっと気温も高いアフリカだって、南米だって、こんなに蒸し暑〜い感覚はない。もっとずっとサラッとしていて気持ちもよく、夏っていいな〜と本気で思えるのだから、同じ夏とは思えない。
そんな連日の猛暑の続くなか、愛犬のハルク(ハスキー犬)はこの前の失踪事件以来、めっきり衰えが目立ち、ここ数日前から後ろ足も立たなくなって、とうとう歩行困難状態になってしまった。あの時、迷子になってその老体にムチ打って死力を尽くしてしまったのだろうか? 今日などは朝から何にも食べてないし、意識もなんだか朦朧としているようだった。14歳である。人間で言えば100歳、、。夏は毛皮を着た犬たちにとっては正に「地獄」のはずだ?
今日は朝からトンカントンカン、毎年夏になると「そんな贅沢はうちのハルクには出来ないよな〜?」と思っていた、小屋に「ウインドファン」をはめ込んだ小屋(ベニヤの)を造って、ハルクを入れてやった。ところが、もう喜びのシッポを振る元気も表情も無い、、、、。人間は勝手だな、、、と思いつつ、ハルクには一日でも長生きをして欲しいものだとつくづく思うのでした。

7月23日
いや〜、どうもどうも、本当に楽しい一日でした。
『オフワン祭り』の第1回目、おかげさまで無事終了です!
雨にも降られず、そう暑くもなく、とき折、鶯の鳴き声の聞こえてくる相模湖ピクニックランドの特設会場...。
思わず寝そべりたくなるような優しい芝生の上で、優しい関根トミ子先生(二普協埼玉県支部長)と渡辺 学先生(国際A級モトクロスライダー)の教えのもと、楽ちんなCRF50/70/100と、TTR125に乗っかって、初めてのオフロードライディングをみんなで楽しみました。
乗る人の一生を支配するバイクに乗る「楽しさと嬉しさ」はまさにこの一瞬から始まったのでした。
美味しい、お弁当を食べ、圧巻はやっぱり国際A級トライアルライダー高橋伸一郎選手のトライアルアクションです。4人の仲間達を地面に寝かせ、それを一気に飛び越えるスーパーアクションには、子供も大人も目を丸くして驚いたものでした。
やっぱりバイクはスゴイ!そして最高。次回はいつやろうかな?
7月15日
東北に行ったからと言って涼しいわけではない、全日本の会場となった藤沢スポーツランドは土曜は雨、日曜は曇り、にもかかわらず気温は30℃前後で団扇が離せなかった。メインスタンドの観客も色とりどりの団扇がめまぐるしく左右に動く中、白熱したレースが展開された。
注目の国際Aの250cc(IA-1)はヨーロッパ帰りの熱田孝高がピンピンで総合優勝。125cc(IA-2)は常勝の小島庸平がヒート1を、ヒート2をベテラン勝谷武史がそれぞれ勝ち取った。
そして、我が「KAZAMA RACING with護くん&モトハウス」のエース、風間晋之助はと言うと、それが惜しくも予選9位で決勝進出ならず(7位まで)、次回の9月名阪(第8戦)に期待を残した。
さて、そんなこんなで今年もあっという間に7戦がおわり、あとは残すとこ名阪と広島と菅生の3戦のみ。晋之助にはこの夏休みを使って猛練習を監督として命じた。(まっ、一生懸命やればいいのだよ!とかなり甘い監督なのです、それが...)
で、いよいよ今週は僕たちの祭典、相模湖ピクニックランドの「オフワン祭り」(7/23日曜日)。来るもの拒まずだから、一体何人来るか判らないので、色々と準備が大変だが、オフロードバイク体験ライディングだけはマシンもインストラクターにも限りがあるので、先着順となるから注意が必要。その他のトライアル、野点、トークショーは大丈夫。
待ってます。
7月14日
今、全日本モトクロス第7戦の行なわれる岩手県藤沢市に来ている。金曜の夜だと言うのに会場はいっぱいの車だ。全日本は土曜に予選を行ない、日曜に決勝を行なうので最低でも金曜の夜には現地に入らなくてはならない。しかも、会場となる場所はどこも遠い、まずは北海道、そして九州、広島、ここ岩手などなど。って言うことは全日本を追いかけるということは仕事なんぞやっている暇はないのだと言うこと?
そう!...モトクロス、ときどき仕事...ってのが全日本のライダーたちの実態なのだ。
モトクロスコースを囲むようにして数カ所、芝生のグランドにキャンプを張った。折りたたみの椅子を二つ並べ、それに横になって星空を眺めた。ついこの間、迷子になったばかりの犬のハルクがウロウロと僕の周りを動き回る。よほど参ったと見えて、以前よりずっと小さい範囲で何だかとても警戒しながら歩いているようだった。
北海道ラウンドで増田一将選手と練習中に絡み合って鎖骨骨折、欠場を余儀なくした成田 亮選手。元気な顔をして会場に現れた。「もう、出れるの?」と聞くと、にっこりと笑いながら親指を上に立てた。あれからたったの2週間である。すごいもんだ。
僕の息子(風間晋之介)もIB2とIbオープンに出場する。僕とハルクがメカニックとサポートする予定だ。
7月13日
翌日は月曜日である。どうしても夜の内に帰らなくてはならないのだが、ハルクを置いて帰る訳にはいかなかった。犬とは言え、14年間生活を供にした家族である。その夜は月を見上げながらテントで夜を明かした。
翌朝、依頼しておいた警察犬と訓練士が来た。その人は国内に5人といない日本を代表する警察犬の訓練士だった。
「歳から言って、ハルクは下に下ったと思われます。それか、何処か薮の中できっとうずくまっているのでしょう?」
ーーが、調教師の意見だった。先の秋田県の子供殺人事件での活躍、また、昨年の中越地震における子供の発見救出劇、他にも世界中のあちこちの災害現場での救助犬の活躍は僕たちの記憶に生々しいところだ。
車から下ろされた警察犬(シェパード)はスリムな体、機敏な動きで実に頼りになりそうだった。訓練士の号令でどのような動きもとる。うん、これならハルクは探せるかも?と思った。
警察犬はハルクの使っていたブランケットの匂いを嗅いで、行動開始! 周辺の薮の中、畑、森、そして麓の市街地、約半日に及ぶハルクの捜索が行なわれたが、、、、、手がかりはなかった。
途方にくれた私は、夕方、警察犬が帰った後も必死にハルクを探しまくった。探しまくる事によって自分へのいい訳も立つような気がした、後悔はしたくない。残念で仕方なかった。どこに行ってしまったのだろう?? そして、深夜帰宅。
ところが、「待てばカイロの日和あり」。次の日の夕方、山梨の友人から電話が入った。『ハルクに似た犬が保護されている』との連絡だった。
ーーーーいなくなってから72時間、ハルクは無事帰って来たのだった。
年老いていることを理由に、山を下ったとばかり決めつけていたハルクは、僕の後(ハルクを置いて温泉に行った)を追って山を不自由な足で登り、誰の目にも予想外の場所に滞在し、フラフラと徘徊しているところを地元の人に無事保護されたのでした。お騒がせいたしました。おわり。
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