2006年 6月22日
雨は一向に止む気配はなさそうだった。しかし、こんな時の方がかえって期待がもてるもの、大物はいつも決まって晴天よりむしろ雨の日なのだ。そんな状況を知ってかどうか? 獏さんは『実はね、こんな濁りに備えてちゃんと燐太郎くんを持って来たんですよ、ハハハ』と言って笑った。燐太郎とは濁りの出た川には抜群の効力を発揮する市販型のミミズ、雨の日のエサ釣り用”テ○ドン”なのである。
そんな獏さんの用意周到さにひきかえ、僕は沢田さんのお言葉に甘え、釣り師の魂とも言えるロッド(竿)も持って来なかった。
理由は、ひとつにこのような足の状態だからと言う甘え、第二にどのような魚を何処で(川か湖か大河か小沢か??)狙うのかが定まらないから、だ。が、どちらにしても竿を持たない釣り師など本当は釣り師の風上にも置けない顰蹙ものなのである。3年ぶりの釣りで僕は何とも後ろめたい気分だった。

霧のたれこめた緑の大地、車は川添いのゲストハウスに着いた。さっそくここで釣りの身支度を整える。鼻歌を歌い、機嫌上々の獏さん。これはこんな時のために、、そしてこれは、、ひとつひとつの持ち物への確認が楽しい釣行へのポロローグ、釣りは行くまでが一番楽しいのだ。
そして、バッグの中からピカピカに光るロッドケースを取り出した獏さん「これはね、●△さんから貰ったロッドでね、一応持って来たんだけど、有名なカンパネロ。」誇らしげだった。
『ふ〜ん、カンパネロね。何本繋ぎなの?』と羨ましそ〜な僕。
「これですか〜」と言ってキャップを外し、中の布にくるまれたロッドを取り出そうとした獏さんだったのだが、驚いたことに、なんと中身がなかった!
今一番、”ポスト開口さん”に近い人物だと思っていたのに、まだずいぶんと遠いようだった??。
(つづく)
6月21日
---今日は朝からずっと都内で連続の打ち合わせが続き、猛烈に疲れちゃいました。----
さて、フィッシングプロガイドの沢田さんに空港に出迎えに来てもらった風間と獏さん、降りしきる雨の国道を途中めっちゃ旨のラーメン屋さんに立ち寄りながら、巨大魚の待つ現場に急行したのだったが、そこで思わぬハプニングに遭遇??
(ごめん、続きはまた明日)
6月20日
やりました〜、ついに、ついに行ったのです、本格的な渓流釣りに見事に僕も、僕もとうとう復帰出来たのです。
病院の入院中、一時は「渓流ももう過去のもの、、」と覚悟も決めていました。うん、しかし事故から2年と6ヶ月。じわじわと、ゆっくりですが足は良くなるものですね。杖をついてですが、毎日の歩行も人から『とっても早く歩けるようになったね?』と褒められるようになりました。
ーーそんな時です。釣り友達の獏さん(作家の夢枕 獏)から「北海道にレインボーとサクラマス、そしてオショロコマを釣りに行きましょう!」と言うお誘いがあったのです。
僕は躊躇なく行く事を決め、先週の金曜日(6月16日)に約束の帯広行きの飛行機に乗りました。
獏さんは入院中もよく見舞いに来てくれ、いつも「また早くよくなって釣りに皆で行こう!」と言ってくれていました。この場合、皆とは以前よく一緒に釣行した俳優の根津甚八氏と、今は故人となってしまった西山 徹さんのことです。釣りはいつも楽しい思い出ばっかりだから、仲間がいなくなると寂しさは募ります。今回はその根津氏も行けず2人だけ、、。
空港には日本では数少ないプロのフィッシングガイド沢田耕治さんが出迎えてくれました。(明日に続く)
6月15日
6月になりました。毎日「もう梅雨だからな、、?」と思いきや、一向に雨にはならない今日この頃の季節ですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
僕は懸案だったオフロード2輪専用ポータルサイト「Off1=オフワン」を6月10日(本当は1日でした)にようやくスタートさせ、ホッと一息 の気分ですが、考えてみたら月刊誌とかの編集とは違って、ウェブの編集ということになると、スタートさせてからが真の勝負になるみたいでもう大変。
毎日の ように新しいネタをどんどんと更新してサイト上にUPしなければ、たちまちお客様はササーッと引いて行ってしまって二度と来なくなってしまうらしい?んで すねこれが、、、、。
慣れないことするからなんですが、もしかして、俺「大変なことしちゃったのかな〜」が、今の偽らざる本音です。でも今後とも 「Off1.jp」(オフワン ドット ジェイピー)を宜しくお願いしま〜す。毎日見てね。
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